東城百合子さん
言わずと知れた伝説の自然療法家、そして自然食の料理家である東城百合子さんの本は、お守りのようにしばしば読み返しています。
こういった自然療法たちはそもそも、近代化が始まった頃、変わりゆく社会に警鐘を鳴らすかのように世界中で起こったムーヴメントです。それまでは、普通だったものが消えてなくなりそうになったから…とにかく近代化の波は凄まじかったということだと思うのです。
現代の社会に生きる私たちにとっては、有難くも悲しいようなうれしいような、色々な気持ちを起こさせるツールになっています。特に都市に暮らしていると、どんなにオーガニックに筋を通そうとしても社会システムから供給される「製品」「商品」を購入するしかなく、それはまるでそこにあったかもしれない大自然の夢を見ているようです。それだってもちろん素敵な夢ですけれども、どんなに厳しくやってみても、オーガニックのごく一部分を齧って満足するしかないことにも気付かされます。普段の暮らしだって、自給自足している昔の開拓民じゃないですし。単純なイメージだけでもそうです。つまり、まあ全部、現在の社会システムにおんぶに抱っこ、社会を少々変えられるのは巨大ビジネスのみ…個人という概念がそもそも、生きるダイナミズムから既に、とっくに切り離されているところから発しているのですね。ですから女性のみが自然を代表するかのごとき言説だってタブーです。私たちはニュートラルな概念を駆使して、その縛りの中で性をも表現しなくてはならなくなっています。しかしまあ、女性信仰の分析なら自由なので、個人的には熱心にやってます(笑)代償行為のようなものですね。もっと言ってしまえば、男性が作ったシステムに、女性は従わざるを得ない仕組み(もちろん共犯関係でもありますが、現代の実情として、細かい差別や不平等はそれだけでは決して済まないので)そのものを、私は分析してみたい。とにかく今の社会が作られた発想ごと、調べてみたいのです…なぜなら今の自分が生きている環境だから。そしてその中で、新しい時代を創るエネルギーに敏感でありたい。
そんな面倒なことを考えながらも、できることから始めています。だって、1日のうちのほんのひとときでも、実に素晴らしい気持ちになれるんですもの。シンプルな喜びは自然の親切。ヒーリングが効くのも、構造的に似たものがあると感じています(ヒーリングの場合は、自然と言ってもいわゆる「環境」environmentではなく、「性質」の natureの方ですが)それには現在の女性の地位が関係している。社会が変われば、ヒーリングの立ち位置も変わる。特別なものでない、当たり前の意識として機能するようになる…もっと私も頑張らなくてはならない。だから涙を吹いて、今日も玄米を水に漬けておくのでした。それにしても雑穀もお豆もお野菜も美味しい。自然の恵みで痛みも取れて、本当にこれで世界が平和になればそれ以上のことはない。人間らしい知覚で、自然のバランスを価値あるものとして、大事に守ってゆけたらそれだけで良い。
後は、その平和を構成している観念を皆で語り合う素晴らしい時間が、私たちを待っている。スピリチュアルなテーゼたちは、その未来を想って創られた理想郷を私たちに示すものなのだろう(途中、チャネリング入りました!入り乱れた表現ですみません)。そして現代のキーポイントは「そこに楽しさを見つけられるか」だとも思うのです。暮らしを充実させるものとして取り入れられたら最高ですね。ついつい盛り上がっちゃう自分への自戒も込めて、書いてみました。
熱いハートと自己責任でお試しくださいね